「ここきち」応援団

「食べること」は「食べ物を作ること」とつながっている。 それを体で感じることで、強い心が育まれるんだと思います。

--取材や講演で、世界や日本各地を巡っていらっしゃることと思いますが、最近出合った印象的な「食」はありますか?
 島根県隠岐郡にある「中ノ島」で育つ「隠岐牛」でしょうか。放牧で育てられており、人工飼料にあまり頼っていないうえ、牧場を元気に駆け回っている牛ですから、お肉が引き締まっていて、内臓まで全部おいしいんです。
 また素晴らしいのが、食を通じて農業、牧畜などの第一次産業やサービス産業などを活性化させ、町起こしに成功していること。隠岐牛も、地元のレストランはもちろんのこと、ブランドになっているので東京でも食べられますよ。
 日本の農業は今、危機的な状況にあって、農家の皆さんは「何とかしなければ」といろいろな取り組みをしています。最近増えている農家レストランや農家民宿もその一つ。1年のうち3カ月しか営業しない隠れ家的レストランとか、それぞれに特徴があって、面白いエピソードがいっぱいあります。
--農家レストランや農家民宿の魅力はどんなところにあるのでしょう?
 「作る力」を感じられるところですね。私は30代のときに初めて日本の農家民宿に泊まったのですが、農家の方の「作る力」はすごい!と思いました。農家というのは、季節に応じて、大根なら大根、きゅうりならきゅうりと、同じものがたくさん穫れるわけです。食材をムダにしないために、いかにおいしく食べるか、という知恵が昔から受け継がれてきている。だから、地元の新鮮な食材を、その農家に伝わるいろいろな料理法で味わうことができるんです。豆腐やこんにゃくなど、手がかかるものもすべて手づくりなんですよ。また、採算を度外視しているというのか、あれもこれも、とごちそうしてくださる。申し訳ないと思いつつ、嬉しくいただいてしまいます。
島村菜津さん
--上手な利用の仕方というのはあるのでしょうか?
 食や食の安全について興味を持ったとき、農家レストランや農家民宿を利用するのが、とってもいい入り口になると思いますよ。多少、交通費はかかるかもしれませんが、民宿なんかは手頃な値段で泊まれますし、本当においしくて、安全なものを食べることができます。
 そして、「自分なりの安心」「自分なりのおいしい」を見つけていただくのがいいんじゃないかな。食についてはいろいろな情報が出まわっているので、迷ったり、惑わされたりしてしまいがち。自分の中に基準を設け、自分で見極める力を養うことが、食に対する危機管理になると思うんです。
それから、いろいろなタイプのところがあるので、自分に合った場を探すとよいですね。農家の方の生活に入り込んで、まるで親戚の一人のように扱ってもらえるところもあれば、ペンションやホテルのようにドライなところもあります。
 最近は、修学旅行の宿泊先として組み込まれることも多くなっていると聞いています。髪を染めていたりして一般的に「不良っぽい」と言われるような子供が、泊まった農家のおばあちゃんと仲良くなって別れるときは泣いてしまったというエピソードも。家族と同じように、怒るべきところは怒る、という親身な接し方をしたので、嬉しかったんだと思います。その子たちは、あとで一生懸命バイトしておばあちゃんにプレゼントを贈ったそうですよ。
 今、子供たちや若い人にとって、「ふるさと」と呼べるような場所がなくなってきている。だから、そうした親密であたたかい触れ合いは大きな魅力なのでしょうね。
--では最後に、島村さんにとっての『心のキッチン』は?
 『スローフードな人生!』でも取り上げた、イタリアの農家のお父さんの食卓です。その農家では、事情のある家庭の子供を引き取って面倒をみています。子供たちは、生き物を育てて自分の手で命を奪うという、食べ物を得る厳しさを体験したり、食べきれない作物は貯蔵して、一年分やりくりする術を学びます。いっしょに食べ物を作り、あますところなく大切に食べる。そうした体験が、生きていく上での根源的な力につながるのではないかと思います。
 また日曜日にはきまって、近所の人を招いて昼食を共にします。農場の藤棚の下に、20人ぐらい座れる大きなテーブルを置いて食べる昼食、とても素敵なんですよ。いろいろな人生を持つみんなが一つのテーブルを囲んで、お互いに心癒され、励ましあっている。この光景が、私の考える「食」の原点となっています。
 日本でも、食べ物を作る現場の人は本当にパワーがあって大らか。接していると、心にかかっていることや悩みがあってもほぐれてきます。ぜひ農家レストランや農家民宿を訪ねて、そんな魅力的なお母さん、お父さんに会ってみてください。
島村菜津さん
profile
1963年、福岡県生まれ。東京芸術大学美術学部卒業後、イタリアに留学。十数年にわたりイタリアの食を取材して著した『スローフードな人生!』(新潮社)は、日本でのスローフード運動の先駆けに。以後、執筆や講演活動を通し、スローフードの追究、普及に努めている。『エクソシストとの対話』(小学館・21世紀国際ノンフィクション大賞優秀賞)、『バール、コーヒー、イタリア人~グローバル化もなんのその~』(光文社)など著書多数。近著に昨年12月に出版された『スローな未来!小さな町の挑戦』(小学館)がある。
島村菜津さん