

1952年、岐阜県生まれ。専業農家の家へ嫁いだのち、2000年9月に中津川市駅前大田町商店街に農産物直売所「アグリハウス菜っちゃん」を出店。2006年9月に株式会社菜っちゃんを設立、同年12月にサラダコスモ運営の集客施設「ちこり村」にて農家レストラン「バーバーズダイニング」をオープン。09年には「地産地消の仕事人」として農水省より表彰され、現在は県主宰の「食と農を考える県民会議」の一員として、地産地消活動の助言役も務めている。




日本の食の風景「こころのキッチン」を守り、育てて行くために、様々な立場の、様々な人たちが、様々な活動を続けています。今回は、農家の主婦たちが旬の朝採り野菜を中心に手づくり料理を提供する農家レストラン「バーバーズダイニング」のオーナーであり、現場で調理やサービスも取り仕切っている株式会社菜っちゃん 代表取締役社長・後藤展子さんにお会いしてきました。
農家の普通の家庭料理が
一般の人にとっては「とてもおいしい!」
岐阜県中津川インターにほど近い「ちこり村」の中の農家レストラン「バーバーズダイニング」にて、オーナー兼従業員として日々働いています。
バーバーズダイニングの意味は「おばあちゃんたち=バーバの複数」の「台所=ダイニング」。「安心して食べられる地元食材の提供」をモットーにバイキングスタイルをとりながら、煮物や天ぷらなどの和食からグラタンやカレーなどの洋食までメニューは常時70種類以上をご用意。2006年12月のオープンから丸4年が経ちましたが、おかげさまで週末は行列ができるほどの人気店となりました。
ちこり村というのは、モヤシやかいわれ大根などスプラウト野菜を作っている株式会社サラダコスモが、そのスプラウト野菜の直売部門や西洋野菜であるチコリで焼酎を製造する蔵を併設した、教育型観光生産施設の建設を計画したことから始まりました。
私はそのころ農家の主婦たちと「アグリハウス菜っちゃん」という農産物直売所を運営していたのですが、少しずつ売上が落ち込み、2005年春、十数年ぶりに再会したサラダコスモの中田社長にその悩みを打ち明けました。それが縁で、後日社長から「この施設内でファーマーズマーケットをやらないか」と誘われたのです。
そう、最初は直売所という話でした。ところが、実は私は年を取っても人と繋がっていたいという想いがあり、将来は喫茶店でもできるようにと調理師免許を持っていたのです。しかも周りに農家レストランや加工業をされている人も多く、つい口が滑って(笑)社長にそのことを話すと、「だったら直売所ではなく農家レストランをやらないか」という話に。
しかも、社長は定食ではなくバイキング形式をやろうと言うのです。自分にはそのような大規模なレストランができるとは到底思えなかったのですが、いくつかのレストランに視察に出かけました。そして大分県の農家レストラン「オーガニック農園」を訪れたとき、野菜中心の農家の家庭料理に立ち並ぶ人たちを見て、「私たちには食べ慣れている普通の料理も、一般の人にとってはおいしい料理なんだ」と気がついたのです。
とにかく2006年1月に社長からお声がかかって、途中で農家レストランの話になり、9月にはオープン決定。店などやったことがないし時間がないしで、本当に不安だらけでしたが、なんとかオープンにこぎ着けて、ホッとしました。でも私のやることは、いつもこう。結果オーライなんですよ(笑)。

株式会社菜っちゃん 代表取締役社長 後藤展子さん

旬の朝採り野菜を使い、農家の主婦たちが下ごしらえから調理までまかなう、新鮮でおいしいバイキングランチ。提供時間は11時〜14時まで。大人1,380円、シルバー(70歳〜)1,180円、小学生まで800円、幼児(3歳〜)500円、3歳未満無料。130席。8時半〜10時までの「モーニング」、15時〜17時までの「アフタヌーン」など、喫茶としても常時オープン。
チャンスから逃げなかったことで、
2本柱が生まれた。
いまでこそ「地産地消」ということで地元の野菜がスーパーでも販売されていますが、数年前までは大型スーパーができても、付き合いのない地元の農家は納品先に困りました。家の軒先で無人販売などしても焼け石に水ですし、直売所があればいいのに、というのはどこの農家でも思うところです。
10年以上前の話ですが、私も中津川市内の女性農業者で運営する農業婦人クラブ「アグリウーマン中津川」に所属しており、市の土地を借りて週に1度直売所を開いていました。しかし野菜は毎日成長するし、お客様も毎日おいしい野菜が欲しいはず。毎日開ける直売所があればなあ、とずっと思っていました。
そんなころに、空き店舗の増えてしまった中津川市駅前付近の太田町商店街の有効利用対策として、「農家の野菜直売所」開設の話が持ち上がったのです。「農家の主婦が街の中にお店を持てるなんて、こんなチャンスはない!」と考えた私たちは、2000年9月に農産物直売所「アグリハウス菜っちゃん」を立ち上げることに。当初は、アグリウーマン中津川の直売所が毎日あるということで、お客様には大反響でした。
また、農家の人たちにとっても「自分で値段をつけられる」というのは喜びでした。たとえば庭先に咲く花を摘んで新聞紙にくるむと、それが100円で売れる。視点を変えたら、野菜だけではなく花でも工芸品でも、自分たちで作ったものが売れるわけです。これは農家の人にとって大発見だったと思います。
しかしながら、県の行政から支給されていた3年の補助金も期限が過ぎ、近所にできた農協が運営するグリーンセンターの影響や、冬場の野菜が集まらないこと、駐車場がないために車での買い物が不便などの理由もあって、だんだんと売上が下がってきたわけです。
正直辞めようかと迷いました。でも農家にとっては、たとえばうちで年間100万の売上があったとして、よそでも同じように売れるかというとそうではない。売り場がたくさんあるというのは農家にとっていいことなので、「なんとか存続してほしい」という声をいただき、また3年間も補助金を出してくれた行政に対しても顔向けできないなと、辞めずに踏ん張ったわけです。
そんなころに先の中田社長と再会し、レストランを開業することに。2度のチャンスを活かせたことで、現在はレストランと直売所の2本柱で頑張っています。

バーバーズダイニングのスタッフ。「生産者が幸せになれるような、お客様が心から喜んでくれるような、そんな店にしたい。だから儲けちゃいかんのよ(笑)。採算がなんとか取れて、税金が支払えれば、それで充分!」と後藤さん。

「名刺を持って社会に参加すること」は、
自分の人生を豊かにする。
バーバーズダイニングがオープンしたころは、日々、口コミによってお客様は増えるものの、正直まだまだ不安でした。
一番の難題は、どれくらいの量が必要なのかがわからないこと。「胃袋は握りこぶしひとつ分」と言うけれど、やはりバイキングは元を取るというイメージがある。大勢のお客さんが来られたのに、量も種類も足らないということが最初はよくあったのです。
それで、オープン後もバイキングをやっている店に通い、料理のヒントやアイデアをいただきました。私は最初は「モノマネでいい」と思っていたけれど、実際にはその料理をアレンジして、自分の店の味になっていく。そのうち調理スタッフも「ありきたりのものだけではなく、野菜の味をひきたてる料理を」と食べ歩きしたり、料理学校に通いだしたりして、バーバーズなりの味が2年目には定着したと思います。
この4年を通して思うことは、儲けに走っちゃダメということです。お客様が満足して、「また食べにきたい」と思ってくれる店づくりが大切。やはりこちらサイドの考えをお客様に押し付けてはいけないのです。
今では最初のころに来られたお客様が久しぶりにいらして「すごいレベルになったね!」と褒めてくださいます。料理の数が増えたことで、舌だけでなく、目でも楽しめるようになり、毎日2〜300人ずつ来てもらえるようになり、嬉しいかぎりです。
私は「名刺を持って社会に参加すること」というのは非常に大事なことだと思います。私自身の話をすると、父親は農家の出でありながら新聞記者で、母親はその父の家の農業を手伝っており、農家の嫁の立場はわかっていたつもりでした。しかし、いざ自分が専業農家の家に嫁いでみると、この封建的な空気が苦しかった。仕事して当たり前、無給は当たり前、親の面倒は見るのは当たり前、休みがなくて当たり前。22歳と若かったのもあり(笑)、どこか納得いかなかったんでしょう。外に出てみたいなと思った矢先に、普及センターから農業婦人クラブへの入会を勧められて、のめり込んでしまったんですよね(笑)。それが私の社会的参画の始まりです。
やはり人生は一度きりですから、人や社会から必要とされたいし、満足できる人生を送りたい。死ぬときに「やり残したことはない」と言えるように。そんな人間なので、何をやるにもいつも事後報告なんですが(笑)、それを許してくれる夫の存在がありがたいです。
私にとっての「こころのキッチン」はまさにこの場所。思うに、「食べること」というのは、命の源ですよね。それをいま、日々感じさせていただいている。4年間無我夢中でやってきて、経営がうまくいくようになると、今度は不安や焦りも出てきましたが、なにしろこうしてお客様に来ていただけるということは、皆さんが満足されているということ。そう思うと、すごく大事な仕事で、大事な職業だなと思います。
(2010/12/14)
農家手づくり家庭料理レストラン「バーバーズダイニング」ホームページ
http://chicory.saladcosmo.co.jp/babazu/


高級野菜チコリの国産化に挑戦し、「ちこり」を通して農業の元気・高齢者の元気・地元中津川の元気を応援している、岐阜県中津川市の「ちこり村」。ちこりの根で作ったちこり焼酎や地元の食材や酒を購入できる。通信販売もある。http://item.rakuten.co.jp/saladcosmo/c/0000000117/

バーバーズダイニングの手作りオードブル(写真は5人前3,000円)。12月~3月までの限定販売/お持ち帰りのみ/要事前予約。問い合わせ:0573-62-1545(ちこり村)