「ここきち」が選んだ旬の人にお話を伺いました。

1944年、千葉県生まれ。1974年、東京農業大学農学科卒業後、千葉県東金で3年造園関係で修行し、1980年より自営にて造園業に従事。94年より代々伝わる家にて農業に携わる。2000年、農業生産法人 株式会社千葉農産を設立。富津、木更津、君津、袖ヶ浦など千葉県内にある約200ヘクタールの土地で、有機物循環型農業を営む。障害者雇用や新規就農者支援プログラムなども積極的に実施。
日本の食の風景「こころのキッチン」を守り、育てて行くために、様々な立場の、様々な人たちが、様々な活動を続けています。今回は、千葉県内の耕作放棄地を再生し、安心安全でおいしい且つ大量の生産物を作り、また新規就農者育成事業や障害者の雇用促進など様々なプロジェクトも行っている株式会社千葉農産 代表取締役社長・白石真一さんにお会いしてきました。

障害者雇用と新規就農者育成で
農業の可能性を広げる。

 富津市、木更津市など千葉県内の5つの市で、耕作放棄地や遊休地の再生を手掛けながら、野菜や米を生産しています。会社設立は2000年の4月で、今年が10年目。合計約200ヘクタールほどの畑で、キャベツ、馬鈴薯、白菜、トウモロコシ、大豆、唐辛子、サツマイモ、落花生、オクラ、トマト、ピーマン、米などを主に栽培。大手菓子メーカーや食品会社など大手企業からの注文受注生産が主です。
 国内の耕作放棄地や休耕地は約38万ヘクタール。埼玉県の面積と同じくらいあります。スタート時、そういう土地を一枚借りてみたら、周りにも耕作されていない農地がいっぱいあった。小さい面積をあちこちにたくさん借りるよりは、それら耕作放棄地を大規模な面積で借りたほうが、はるかに効率がいい。それで農地の集約を始めました。
 他に積極的に行っている事業としては、障害者の雇用促進および自立のための農業支援や、新規就農者育成事業でしょうか。
 障害を持っている方々に対しては、その方々のご両親が亡くなったらどうするんだろうとか、昔から思い入れがありました。三男を仙台市にある東北福祉大学で勉強させ、社の責任者になってもらい、いまは知的障害者の方が7名、精神障害者の方が2名、身体障害者の方が3名の計12人が働いています。
 これは障害者雇用を生み出すだけでなく、精神上良い効果があると思います。
 まず、農業というのは単純な流れ作業ではなく、キャベツならキャベツを育て上げて商品にするという一つの目的があるわけで、自分の中の生きる力をダイレクトに感じさせてくれる作用があります。
 また、誰かがある作業をできなければ、他の誰かがそれを助けてあげる。助けられれば「ありがとう」と言う。そういうやりとりでもお互い癒されます。
 彼らと一緒に働いてみて感じたのですが、人は「自分が役に立っている」ということに大きな悦びを見いだします。これは障害者間だけではなく、我々健常者も彼らからモチベーションをもらえる、すごくいい組み合わせなのです。
 先日、千葉県の「フレンドリーオフィス」として表彰されたのですが、他の作業所との違いは、いずれ彼らをワンチームとして独立させること。彼らは彼らで会社を持ち、自分たちの手で食べて行く、ということを目指して教えています。
 新規就農者の受け入れを始めたのは、高齢化が進んでいる農業において、若手を育てるのは必要不可欠なことだと思ったから。また、商品を大量に収めるとなると、どうしても土地と季節の関係で収穫できない狭間がある。千葉農産のスタイルを受け継ぐ若い就農者を育て、暖簾分けをすれば、その狭間もお互いに埋められると思ったのです。
 現在の新規就農者は、一番若い子で24歳、上が50歳。こういうご時世ですから、真剣に農業をやろうと思っている人だけではなく、「ちょっとやってみようかな」という気軽な考えでやってきた人もいます。ただ、やってみると、たいがいハマる。種を植えて、自分が面倒を見れば、面倒を見ただけのものができる。でも手を抜けば、それなりのものしかできない。一生懸命育てて、いいものができて、それを食べると、買ったものよりすごくおいしい。そこがハマる原因の一つでしょうね。
 ただ、彼らも自分が農業の何をやりたいのか――、イチゴを作りたいのか、牛を飼いたいのか、鶏をやりたいのかはわかっていない。適性は必ずあります。ただし私は「100%百姓でやる」という気持ちじゃないほうがいい、とアドバイスをしています。
 というのも、私は「百姓」を百の商いという意味で「百商」と言うんですが、農業には野菜や米を作るだけではなく、加工もあるし、運搬もある。時には水道屋になり、土建屋になる。つまりやれることは百もあるんです。いわゆる農産品に携わる仕事がすべて農業。せっかくの縁でうちに来てくれるわけですから、自らの適性を見つけて、どこか関連するところへ行ってもらえればいいと思います。
 来年、やっと1名が卒業します。彼は約10ヘクタールの畑を持って、いすみ市に移り住みます。そこには若い農業従事者がいないので、彼が行くことによって耕作放棄地もなくなるし、後継者も育つでしょう。今後が愉しみです。
株式会社千葉農産 代表取締役社長 白石真一さん
三方、海に囲まれた金田の畑には現在、玉ねぎが植えられている。東京から30分、東京湾の夜景がきれいなのだとか。夏には「月夜の晩、海辺でバーベキューをしながら農業しませんか?」というキャッチフレーズでイベントも開催予定。

いつの時代になっても廃れない農業。
老人と若人をつなげる農業。

 うちは代々農家の家系なのですが、祖父は農業専門だったものの、父は獣医で、農協の組合長を長く勤め、土日だけ農業をするという人でした。私は長男なのですが、農業はずっと嫌いでした。朝起きても親父もお袋もいないし、土日も休みがないし、区切りもない。自分はこういう生活は厭だと思っていたんです。
 それで、東京農大を出たあとは、造園業の会社に勤めていました。しかし、平成6年にバブルが弾けて、その会社が倒産した。そのときに農業に戻ろうかなと思ったんです。やはり百姓の血が流れていたんでしょう(笑)。それと、農業はいつの時代になっても廃れないということが大きかった。バブルの時代だったから余計にそう思いました。
 最初は袖ヶ浦で有機物循環型農業を始めました。ある企業の食品加工のために野菜を細かくするときに、周りの葉を何枚か取るわけですが、それが産業廃棄物として捨てられていた。それをもう一度細かくして水分を取り、堆肥にして畑に蒔き、できたキャベツをもう一度その企業に収めたわけです。いわゆるリサイクルです。すると次第にレストランや加工業者からも注文が増えて、耕作面積がもっと必要となり、耕作放棄地の整備に乗り出すことになった。
 当時大変だったのは、地元の方々との交渉です。やはり富津市を出れば我々はよそ者なので、受け入れてもらうまで少し時間がかかる。あとは個人情報保護法があって、どこの誰が持っている土地かがすぐにわからない。毎日そこに通い、少しずつ情報を集め、やっと誰のものかがわかっても、会えなかったり、会っても承諾を得られなかったり。そこが辛いところだった。
 しかし、長くやっていると信頼というのは得られるもので、逆に最近は「ここが荒れているからやってほしい」と言われることが多くなった。ようやく実を結びはじめたという感じです。
 今年はすでに10ヘクタールの耕作放棄地を購入しました。4、5年かけて畑に戻したら、暖簾分けしたうちの若手が農業を始めます。彼らのような若い人の息吹がその土地をもり立てるでしょう。
 最近では田植えや収穫などのイベントもよく行うのですが、そこで年配者の方々と若い人たちを見ていると、いまの時代に必要なのはこういう交流なのではないかとしみじみ思います。先日のJ-wave主催の有機無農薬米の収穫祭でも、老人が若い人たちに竹細工を教えたり、ドングリで独楽の作り方を教えたりして、お互いに喜んでいた。農産物の生産や雇用だけではなく、人の輪というものも成長していったら本当に嬉しいですね。
「34歳の長男は農業全般の初歩的なこと、32歳の次男は畜産関係、29歳の三男は福祉担当と、若い後継者にも恵まれて幸せです」と白石さん。
J-WAVEのリスナーと有機無農薬米を作る「LOHAS SUNDAY米プロジェクト」開催。11月7日の収穫祭にはリスナーや農家プロフェッショナルの長老たち、総勢80名が集まった。

「儲かる農業」を考え続けることが、
その未来を支えていく。

 いまでこそ農業はホットトピックのような扱いを受けていますが、15年前に私が農業に戻ったころは、まったく人気がない職業だった。なぜか。儲からないからです。
 そこで私は「儲かる農業」について考えました。
「儲かる」というと誤解を生みそうですが、もちろん、大量生産して高い金で売って理不尽に儲けるという意味ではなく、自分たちが作ったものをどう売るかをとことんシビアに考え、その努力をすべきだということです。何か他とは違うアイデアや方法を見つけ、ブランディングをし、ファンを作ること。そして「あなたのところの品物が一番いい」と言われるものをきちんと作るということ。これがあって初めて、農業は儲かり、自分も他人も幸せにするのです。
 先日、君津市の耕作放棄地約100ヘクタールを購入したのですが、私はここで「総合農業施設運営プロジェクト」をやろうと考えています。羽田から30分、成田から1時間ちょっとという、国内外からアクセスのよい場所で、日本の農業の一番最先端、かつ古い伝統的な技術を再現したい。
 いま複数の企業と組んで何ができるかを話し合っているのですが、整備された竹林の中で結婚式を挙げるとか、沢のそばに露天風呂やロッジやツリーハウスを作るとか、農業体験ができる施設を作るとか、いろんなアイデアが生まれています。何年かかるかわからないけれど、何度でも行きたいと思えるような「夢の統合農業施設」ができれば、農業がもっともっと身近なものになるのではないでしょうか。
 私にとっての「こころのキッチン」は、そうですね、一家の平和かな。自分が育った両親のいる家庭もそうだし、妻と子どもたちの家庭もそうだし、従業員を含めたこの会社も私にとっての大事な「一家」。従業員はやはり家族のようなもの。家族の旅立ちをどう支え、どう応援するかが、私の役目ですね。
(2010/12/1)

株式会社 千葉農産ホームページ
http://www.chibanousan.com/
君津市大鷲地区の110ヘクタールを購入。実に東京ドーム25個分の広大な土地で「統合農場プロジェクト」が進行中。いまは伐採した竹で竹粉(ちくふん)という堆肥を作っているが、これは豚や鳥の飼料にもなり、乳酸菌の作用で糞の匂いを抑える効果もある。今後、園芸店で販売予定。