飲食業の経験がないふたりが目指した、
家庭の延長線上にある料理。
都心から約50キロ。茨城県の西南方に位置する坂東市。弓田香取神社のほどちかくに「農家レストラン どんぐりてい」はあります。お店を運営されているのは倉持さんと雨宮さん。偶然にも、私たちが取材に伺った日は、お二人が2006年に「どんぐりてい」をオープンされた記念日でした。
看板メニューは、店の前の畑で採れたネギがたっぷり入ったかき揚げと、茨城産常陸秋そばを使用した腰が強く香り高い手打ち蕎麦、地元産有機栽培のコシヒカリを使ったおにぎりがセットになった「どんぐり定食」。おにぎりにつかうごはんは、何と、かまどで炊いているそうです。かまどで炊いたごはんの味は、一粒一粒がしっかりしていて、甘みが十分にあって格別。「炊飯器みたいに、やけどするような熱いごはんには炊き上がらないんですよ。ちょっと時間が経つと、さらに美味しくなるのも不思議」。ちょっと辛めのつゆがソバの濃厚な風味を引き立てていてる手打ち蕎麦とあわせて、これがどんぐりてい自慢のメニューというのもうなずけます。
この店を始めるまで飲食業の経験のなかったお二人は、開業前に料理修行をすることも考えたそうですが、「あえてしなかったんです。お店お店した感じはやめましょうって。目指すのは完璧ではないけれど普通のお家に帰ってきたような空間です」。食事を終えた私たちの前に、「デザートのかわりに」と自家製のピーナッツ味噌が。やさしく、どこか懐かしさを感じさせる風味。
オープンからちょうど3周年を迎えたこの日いただいた料理に、開業当初のお二人の思いがカタチとなってあらわれていました。
古民家を自分たちの手でリフォーム。
「どんぐりてい」が出来るまで。
「おじいちゃんの家の桃の木からもいだ桃。縁側で食べたその味を、その思い出を、いまもずっと覚えている」。雨宮さんは子どもの頃に九州から家族で引っ越してきたため「田舎になかなか帰れない」環境で育ったのだそうです。おじいちゃんの家で過ごした懐かしい時間の記憶。雨宮さんご自身の体験から、すでに実家のない人、実家が遠くてなかなか帰郷できない人、そして、都会の子どもたちに「そういった時間を提供できる空間がつくりたい」と考えるようになったのだそうです。
そんな雨宮さんと、地元で生まれ育った専業農家の倉持さん、そして木工クラフト作家の塚原さんを加えた3人が「都会の人に田舎の豊かな自然やゆったりとした時間をもっと知ってもらいたい」と意気投合し、湯田グリーンツーリズム研究会を設立したのは2006年の1月のこと。その第一歩として農家レストランを開くことを決めました。
開業場所として選んだのは、廃屋となっていた古い民家。それまで大工仕事などしたことのなかった倉持さんと雨宮さんが、塚原さんの指導のもと、珪藻土による壁塗りから、床のタイル貼り、テーブルや暖簾、カーテンにいたるまで極力、自分たちの手でリフォームされたそうです。かやぶきの天井と木や布が織り成す庶民的で温かみのある空間は、こうして出来上がりました。
「農家レストラン どんぐりてい」という名前が決まったのはオープン前日のこと。「うちのまわりに椎の木が並んでて、どんぐりが落ちてて。町の人が『あー、どんぐりだー』って言って喜んでるのを見て」。その響きの良さと親しみやすさに惹かれてお二人が決めた名前は、いまや地域のお年寄りから子どもたちにまですっかり浸透しています。湯田グリーンツーリズム研究会には「高齢者の憩いの場をつくる」という目標もありました。親しみをこめて「どんぐり、どんぐり」と呼ばれるかわいらしい名前が、その目標達成への一助になるかもしれません。
まき割りやお味噌作りの体験会を開催。
田舎を知らない都会の人に体験してほしくて。
「どんぐりてい」では、地域の子どもたちの食育教育も実践。店の自慢メニューである手打ち蕎麦を一緒に打ったり、まき割りや芋掘り、味噌作りの体験会を行なったり。いまも近所のお母さんたちと協力して、 新たな体験メニューがないものか、模索する毎日です。
「すでに実家のない人、実家が遠くてなかなか帰郷できない人たちに『田舎の暮らし』を味わってほしい」。「どんぐりてい」ではそんな思いも込めて、正月の三ヶ日も営業することにされたそうです。近くの田舎で実家に帰ったような気分を味わい、遠くの故郷に思いを馳せる、というのもまた、いいかもしれません。
「田舎の料理を食べただけでは癒されない。田舎の時間を味わってもらいたい」と語ってくれた倉持さん。子どもたちはここでの体験を通じて、田舎の豊かさや食の大切さを知る機会を得る。そして大人たちはかつて過ごした時間を、今度は親子で体験する。それだけで、きっと大切な思い出ができることでしょう。
(レポート: m.okusako/2009-11-30)

庶民的で温かな雰囲気な「どんぐりてい」。看板は雨宮さんの姪御が書いたものなのだとか。
香り高い手打ち蕎麦と、かまど炊きのおにぎりを一度に楽しめる「どんぐり定食」。

大きな里芋や人参などを地鶏の鳥ガラスープでじっくり煮込んだ煮物は、事前の予約のみで味わうことができる。

「どんぐりてい」店内。薪ストーブの炎が身体と心を温かくしてくれる。
2代目となるかまど。薪につかう木の種類によってもごはんの味が違ってくるのだとか。

店の前にひろがる風景。手前は、子ども達の為に、近所のお母さん達と協力して造られた「どんぐりてい公園」。