新鮮な無農薬野菜をシンプルな調理法で。
見た目もあざやかな、元気の出る料理たち。

 神楽坂という昔の面影を残す小粋な町に、一軒家を改装してオープンしたレストランがあります。人がひとり通れるかどうかという細い路地裏を抜けて、石畳をとんとんと降りると、レストランがあるはずの場所には普通の自宅のように「古田」の表札が。そう、ここが古田崇シェフが腕を振るうレストラン「ARBOL(アルボール)」なのです。
 玄関を開け、靴を脱いでスリッパに履き替えて、いざ中へ。中央にあるアイランド型オープンキッチンを囲むように席が配置され、まさに料理上手の友人のホームパーティーに招かれたかのよう。4人のシェフがそこを動き回る様は、「キッチン」という名の舞台を見ている気分でしょうか。
 さて本日は、ARBOLイチオシの野菜メニュー、季節野菜の菜園バーニャカウダ、宿儺(すくな)カボチャのパスタ、 季節野菜のフリットをいただきました。
 バーニャカウダはキュウリ、ミニトマト、人参のような一般的な野菜の他に、コールラビ、アイスプラント、あやめ雪蕪、グラパラリーフ、オレンジズッキーニなど珍しい野菜もたくさん盛られ、目に愉しい一品。ソースは2種類で、1つはトウモロコシ、アンチョビ、松の実、クルミの温かいソース。もう1つが皿の中央のグラスに入った、紫芋の冷たいソース。この冷たいソースが絶品で、野菜を食べ終わったあとに、スプーンで全部すくって食べてしまったほどでした。
 パスタは、トウモロコシを練り込んだ自家製麺を、雲丹が豪勢に載ったたっぷりのカボチャソースにからめて食べると、複合的な甘さが口に広がります。野菜のフリットも、アスパラ、椎茸、カボチャ、パプリカ、ごぼう、栗など熱々の揚げたてを、塩を少しつけていただくと、野菜の濃い味わいが引き立って本当においしい。
「野菜って、持久力を高める効果があるんですよ。僕はサーフィンをやっているんですが、サーファーは肉よりも野菜を食べて、疲れない身体を作るんです」と古田シェフ。確かにこのように新鮮でおいしい野菜は、一瞬パワーをくれる肉よりも、長く身体を元気にしてくれそうです。

自然愛好、地元密着のオーストラリアで
学んだ、素材の大切さと料理の奥深さ。

 古田さんのご両親はお寿司屋を営んでいました。店が忙しいため、子どものころは和菓子屋をしていた祖父の家で手伝いをしていたのだとか。正月も家で海老の皮むきを一日中手伝ったりと、そのような環境だったため、料理の道に進むのは自然な流れだったようです。
 池袋の調理師専門学校を出て、神楽坂の和食店で3年修行、ここで「和食の基礎の基礎」を教わったのち、とあるグループ会社に入って和食ダイニングを数年。その後もう一度和食店へ戻って板前をしていた時、常連のお客様に「オーストラリアで和食店を出すから来ないか」と誘われたのが、古田さんの転機でした。時は2000年、シドニーオリンピックでオーストラリアが沸き立っていた頃です。「すごく勧められて、サーフィンもできるしいいやと思って軽い気持ちで行ったら、すごくハマっちゃって」。
 一緒に働いていたのは自分と同年代の日本人が2人と、オーストラリア人やイタリア人やフランス人などの外国人たち。最初は英語ができなくてコミュニケーションに困ったけれど、一緒にサーフィンをしたり釣りをしたり野菜を作ったりすることでスムーズに会話ができるようになり、その上、新しい和食がどんどん生まれて、面白くて仕方なかったそう。
「それまではどこかで料理の世界は親父の後をついてきたというちょっとネガティヴな想いもあったのですが、オーストラリアに行ってからは料理がすごく好きになりました」。
 自然を愛し、自分たちで野菜を作り、贔屓のワイナリーのワインしか飲まないという地元密着型なオーストラリア人たちの影響は多大だったようです。
 しかし3年が経ち、「もう一度日本に帰ってオーストラリアを見てみよう」と、帰国を決意。カーディナスグループのカリフォルニアキュイジーヌ、経堂の「黒ぶたや 古田商店」を経て、2009年4月にARBOLをオープンしました。

目指すは神楽坂の大きな「樹」。
向上心を持ち続け、情熱を忘れずに。

 ARBOLはスペイン語で「樹」。これは「神楽坂に根付いていくように。そして大きな樹になれるまで頑張るという意味をこめました」と古田シェフ。料理は国にこだわらず、イタリアンやフレンチ、カリフォルニア、和食のよいところをミックスし、安心で安全な素材をおいしく出すことを目標にしています。
 もちろん、靴を脱ぎ、真ん中のオープンキッチンを見て料理を楽しむ、という変わったアイデアは、「オーストラリアでたくさん招待されたホームパーティーの愉しい記憶」がイメージの元だとか。
 オープンに際し、屋上に菜園を作ったのも、「オーストラリアの人たちも、黒ぶたやをやったときにお世話になった鹿児島の人たちも、自分たちで食べるものを自分たちで作っている人が多かった」のが理由です。
 料理は、基本は屋上菜園の野菜を使い、足りないものは飛騨高山、京都、福島、栃木、鎌倉の契約農家から購入しています。飛騨高山には「アルボール農園」があり、1ヶ月に1回はスタッフの誰かが顔を出すようにしているそう。
「野菜を育ててみて、本当に農家さんの苦労がしみじみとわかりましたね。それに比べたらささやかなものですが、屋上菜園もゲリラ豪雨が来て蒔いた種が流れたり、鳥に食べられたりと大変。農家さんに鳥対策を教わって、土に酢を撒いたり、備長炭を細かく砕いて土に混ぜるなどして、頑張っています」。
 今後の目標はと尋ねると「僕自身が向上心がないと、誰も付いて来ないと思う。スタッフ皆、『次は何をやりますか?』と愉しみにしてくれるので、それに応えられる自分でありたいです」とおっしゃいました。まだまだ若い古田シェフですが、情熱のある料理をモットーに今後も邁進していくでしょう。

(レポート: k.hori/2010-11-16)
「ARBOL」メニュー
上から、季節野菜の菜園バーニャカウダ(1,200円)、宿儺カボチャのパスタ(500円)、 季節野菜のフリット(1,000円)。ただ単に野菜がおいしいだけではなく、見た目にも鮮やかな調理法と盛りつけが魅力だ。
屋上菜園で現在育っている野菜は、紅芯大根、カリフラワー、落花生、人参、黒キャベツ、コールラビ、チコリ、プチヴェール、ほうれん草、芥子菜、あやめ蕪、ブロッコリー、パプリカ、茄子、青梗菜、ハーブ各種など約30種類。今年の冬はキッチンのダクトを利用してビニールハウスを作る予定。
飛騨高山にある「アルボール農園」。広さはおよそ200坪。ネギ、人参、アスパラ、キュウリなどの野菜や、マンゴー、パパイヤ、ドラゴンフルーツなどの果物も栽培中。
個室、ソファー席、テーブル席、テラスなど合わせて全48席。冬でも希望があればテラス席に座れる(ストーブと膝掛けを提供)。
その日のお勧めメニューは黒板に。ワインもお手頃価格で提供。