頼まれて始めた旅館業で
メインのもてなしとなった山菜小皿料理。
標高約1500mの三頭山、月夜見山、御膳山、大岳山など美しい山々に囲まれた、東京都で唯一の村である西多摩郡檜原村。その一番奥にある数馬という集落に、三頭山荘はあります。
ここはなんと築400年の古民家を本館(母屋)とし、別館の宿泊施設も用意された観光旅館。昭和30年代に登山ブームが起きた際、近くの旅館だけでは登山客を泊めきれず、宿泊を頼まれるようになり、昭和36年に母屋の2階を宿泊部屋に改装して、簡易宿泊所の免許を取ったのが旅館のスタートだそうです。
その1泊2食の食事で何を出そうか考えたときに、メインとなった料理がこの辺りで採れる山菜です。
最初はどっさりと大皿に盛って出していたのですが、昭和48年に奥多摩周遊道路が開通し、三頭山荘が「はとバス」の昼食処としてコースに組み込まれたのをきっかけにレストランとして昼食のみのサービスも始め、現在のような小皿に並べるスタイルとなりました。
そのような歴史ある看板メニュー「山菜小皿料理 檜コース」は、小皿に20種類の山菜を並べたお膳の他、刺身こんにゃく、ワサビ漬け、とろろ、麦飯、味噌汁がついています。山菜は酢の物、醤油漬け、味噌漬け、旬の時期なら生でと、季節や種類に合わせた調理法がなされており、色も茶色ばかりでなく、黄色、緑、ピンクなど目にも鮮やかです。口に含むと、ほろ苦さや甘味、やさしいエグ味など、それぞれ独特の味が感じられます。種類を説明してもらうのも一興でしょう。山で育った人でなければ、初めて食べる山菜もたくさんあるはずです。
ご両親が始めた旅館を昭和50年に継いだのが、現在のご主人の岡部勇三さん。いまは妻の寛子さん、長男の竜州(たつくに)さんと3人で切り盛りしています。「自分たちは普段から食べていたわけですが、お客様にとっては見慣れないものも多く、また当時は自然食ブームが始まったころだったので、人気がありました」とご主人。この山菜料理を昔のお客様が懐かしがって食べに来てくれるのが喜びです。
山菜を探すのは、
まるで宝探しのようなおもしろさ。
岡部さんが小学生のころは、宿泊客は登山好きの常連ばかり。一緒に山登りや魚釣りなどをしたこともあって、「お客さんが来ると、親戚が帰ってきたみたいな嬉しさがあった」そうです。ここで知り合って結婚したカップルもいるのだとか。
その当時の苦労というと、父親の話になります。岡部さんのお父様は奥多摩を山越えし、築地の卸し売り場まで自家製のわさびを売りに通っていたのです。「当時は奥多摩からしか電車がなかったので、駅までの山道を2時間半歩かなければいけませんでした。それから電車で築地まで2時間くらいかな。夜中に出て夜中に帰ってくる生活でした」。
そのような父の背中を見、手伝う母を見ていた岡部さん、大学卒業後に信用金庫に4年ほど勤めたのち、旅館を継ぎました。目が回るほど忙しいさなかの愉しみと言えば、山菜の種類を本で調べて、そのものが実際に地域にあるか探しあてること。「種類を増やしていくのがおもしろかったんですよね。宝探しみたいでした」。
さて、三頭山荘の魅力は「山菜」だけではありません。
まずは宿泊でなくとも利用できる露天風呂。別館3階の屋上から見渡す山の風景は絶品で、心が癒されます。
また、文化財的価値として、2本のトチノキの柱が支えている富士系入母屋造りの建物自体も大きな魅力でしょう。母屋は4層構造となっており、現在は1階が食堂、2階は住居、3階には資料室があって、当時をしのばせる古民具などが展示されています。
「先祖代々、この建物に住んできました。正直なところ築400年という証拠があるわけじゃないんです。使われている木材などの材料から、職人が江戸の初期頃のものだろうと言ってね。図面もないし、柱かどこかには書いてあると思うんですけど、建物を壊さないかぎりわからないんですよ(笑)」。
いまの大工さんの技術や集められる材料では建てられないほど頑丈な造りの古民家と資料室だけでも、一見の価値ありです。
自家農園で育てた山菜と野菜で
お客様に喜んでもらいたい。
山菜は山中で採取するほか、5反ほどの自家菜園でも育てているそうです。季節ごとの山菜のほか、冬にはじゃがいも、ほうれん草、大根、春には蕗、やまうど、わらび、秋にはこんにゃくなど。白菜、冬菜、のらぼう菜などの菜っぱ類も通年で多く育てています。
大変なのは、傾斜地で機械が使えないこと。種蒔き、草取り、収穫とぜんぶ人力の上、ほぼ無農薬、肥料は落ち葉を腐葉土として使ったりして、長年自然農法に取り組んでいます。「大変だけど、やはり自分のところの畑でできたものをお客様に食べてもらいたい」というのが、岡部さん一家の願いです。
「食べ物商売というのは毎日が勉強です。新しい食材、新しい味を見つけ、おいしい食べ物に変換させる、勝負みたいなもの。たとえば山菜を摘んでそのまま出すわけにはいかないから、その山菜の個々の魅力を引き立てるような味付けを考える。そのおもしろさは息子に引き継がれたのではないでしょうか」
豊かな自然が育ててくれた山菜料理をゆっくり味わいながら、江戸初期から続く悠久な時間を感じに、ぜひお出かけになってはいかがでしょうか。
(レポート: k.hori/2010-1-11)

お膳に20種の山菜が並ぶ「山菜小皿料理 檜」。1段目左から右へ、ゼンマイ、アカシアの花、ミョウガ、アケビの皮、キャラブキ、2段目マクワウリ、ヌカゴ、ユズ、フキノトウ、舞茸、3段目マタタビの実、つくし、里芋の茎、ユリネ、山椒の菜、4段目こんにゃく、ノビル、たらの芽、コゴミ、ワサビの茎。他、こんにゃくの刺身とワサビ漬け、とろろ、麦飯、味噌汁で、2,730円(税込)。味噌汁の味噌も自家製の三年味噌。

宿泊客の朝夕食を提供する本館大広間。昼食のみの利用もあり。

三頭山から湧き出る鉱泉に温泉の効能をプラスした「三頭の湯」。内湯の大浴場、屋上の展望露天風呂が男女別にそれぞれ用意されており、昼は山々を見渡せ、夜は満天の星が仰ぎ見られる。日帰り入浴可能。

庭園内にある直径4mの水車。水車から流れる湧き水が落ちる池でヤマメや岩魚を飼っている。この日は連日氷点下の夜を迎えて、水車自体が凍っていた。

観光旅館 三頭山荘を切り盛りしている岡部勇三さん、妻の寛子さん、長男の竜州(たつくに)さん。