終戦直後に味わった、
生の野菜の無垢で純なおいしさ。
有野実苑オートキャンプ場は広大な森の中にありました。
54,000㎡の敷地内には、オートキャンプサイト(テント宿泊)、ログキャビン、モーターホームプール(キャンピングカー設置)があり、露天風呂、家族風呂、イベント広場、子供プール(夏期のみ)、クラインガルデン(貸し農園)、ドッグランなどが併設されています。
このキャンプ場の入り口付近にある立派なロッジが「農園レストラン」です。
名物料理はジンギスカン。北海道産のラム肉とキャンプ場内にある農園で採れた旬の野菜をたっぷりと使った一品です。厚くカットされたラム肉は、臭みがまったくなく、とてもジューシーで柔らかい。旬の野菜は自家製のたれを少しつけていただくのですが、まさに野生の味といったおいしさです。
キャンプ場を経営しているのは鈴木信夫さん。御年73歳とは思えない若々しさは、日々農園で野菜づくり、果樹づくりに精を出しているからなのでしょう。ジンギスカンをこうして提供するようになったのはなんと40年前で、子供のときに近くの御料(ごりょう)牧場で食べた羊の味が忘れられず、始めたのだとか。
「肉もそうなんだけど、うちの農園で採れる野菜の味を知ってもらいたかったんだよね。それこそ終戦のころは落花生も人参もジャガイモもみんな生で食べた。その無垢で加工されてない純なおいしさを、ここでみんなにも味わってもらえたらと思って」
レストラン用の野菜やお客様が収穫体験のできる畑、野菜を一から育てることのできるクラインガルデンを含め、農園は約1,500坪、年間で約20品種が育てられています。
その農園を案内してくれた鈴木さんが「たとえば落花生ってどこに生るか、知ってる?」と尋ねてきました。「根が肥大したのがサツマイモ。茎が肥大したのがジャガイモ。落花生は橙色の花が開花して受粉すると、花から蔓が地下に伸びる。その蔓に実が生る。つまり、“落ちた花が生まれる”と書いて落花生なんだよ」
鈴木さんのような“野菜先生”のもとで収穫体験する子供は楽しいだろうな、とそんなことを感じるお話でした。
専業農家7代目が挑戦した
観光果樹園、そしてオートキャンプ場。
鈴木さんがオートキャンプ場を始めたのにはわけがあります。
それはいまから50年以上前のこと。専業農家7代目の長男だった鈴木さんは高校卒業後に農家を継ぎます。そのころ千葉県の農業改良普及員が行うセミナーでは「これからの農業は果樹と畜産だ。麦米作っていたらダメだ」ということがさかんに言われていました。そこで鈴木さんは1957年から将来性のあると思われた梨栽培を始めたのです。
最初に植えた苗木はナシ農林3号(のちの幸水)、長十郎、雲井。数年後、無事に育った幸水を東京市場に出荷すると、それは最低価格の300円で競り落とされてしまいました。
「屈辱だったね。段ボール箱が100円だったから、中身が200円ってことだ。それで市場と喧嘩して取り返した。そして自分で作ったものは自分で値段を決めて自分で売ろうと決めたんだ」
つまりお客様に梨狩りをしてもらうことにしたのです。これが観光果樹園の始まりです。鈴木さんは梨のほかに、柿、栗、ブルーベリーも植え、92年からは宿泊して農園で楽しめるようにとオートキャンプ場を併設しました。
ちなみに名前の「有野実」は、梨が別名「有の実」と呼ばれることと、「ここにはたくさんの野と実が有る」という意味をこめて、つけられました。現在では1年間に8,000人近いお客様が来園されるそうです。
「梨でも柿でもそうだけど、ニュートンの法則のように、無風なのにポトンと落ちたものが一番美味しい。トマトもそう。採ってそのままガブリと食べられる、最高なものを提供できるのは本当に嬉しいよ」
田舎では普通の風景や味や行為が、
都会の住む人にとっては得難いものになる。
鈴木さんには忘れられない家族がいます。それはまだ梨狩りがメインだったころ、東京からいらした子連れの家族が「ビールの買い置き、ある?」と尋ねました。鈴木さんが自宅用のビールを出そうとすると、家族は「梨の木の下で飲みたい」と言いました。鈴木さんはビールとおしんこ、縁台(木製の腰掛け)を用意しました。
帰り際、家族はこう言ったそうです。「熟れた梨の木の下で飲むビールの味は最高だった。こんなに心が休まったのは久しぶりだよ」
そのときに鈴木さんは、自分たち田舎の人間にとっては特別ではない風景や味や行為が、都会の人にとっては素晴らしく感じられるのだ、ということに気づかされました。この想いがこのキャンプ場を支えている原点なのでしょう。
「これからどんどん“ふるさと”のない人が増えていくと思う。だから私はここをみんなのふるさとにしたい。故郷に帰ってくるような気持ちで、懐かしい気分が味わえるように。そしていつでも無垢な味に出会えるように」
7代目の挑戦はこれからも続きます。
(レポート: k.hori/2011-2-17)


(上)ジンギスカン1人前(野菜付)1000円+ごはんセット300円。米は鈴木さんの奥様のご実家で採れたコシヒカリ。ジンギスカンの付け合わせ野菜(人参、もやし、タマネギ)、ほうれん草のおひたしとゴマ和え、カブとサツマイモの味噌汁、カブの味噌漬けなど、野菜はすべて農園で採れたもの。(下)こちらも農園で採れた落花生、枝豆、生姜、エシャロット。

1区画60㎡の貸し農園「クラインガルデン」。キャンプをしながら家庭菜園が楽しめる。契約するとさまざまな特典あり。

野菜や加工食品が直売所で購入できる。写真は茹で落花生、ブルーベリー、「のぶをじぃちゃんの手作りシリーズ」より無添加のしそ味噌と新生姜。

「この森は20年かけて私が作った。それまでは見渡すかぎり落花生畑だった。生まれてこのかた、他で働いたことがない。まあ、井の中の蛙ですよ」と笑う鈴木信夫さん。